0.視覚障害の問題
眼鏡やコンタクトレンズなどによる矯正視力において視力や視野に障害があり、生活に支障を来している状態を視覚障害といいます。身体障害者福祉法によると、視覚障害は以下のように定義づけされます。
1 両眼の視力(万国式試視力表によつて測つたものをいい、屈折異常がある 者については、矯正視力について測つたものをいう。以下同じ。)がそれぞれ〇・一以下のもの
2 一眼の視力が〇・〇二以下、他眼の視力が〇・六以下のもの
3 両眼の視野がそれぞれ一〇度以内のもの
4 両眼による視野の二分の一以上が欠けているもの
と定義されており、該当者は視力の度合いにより1級から6級に区分され、障害者手帳交付対象となりますが、他にも色盲や夜盲など障害者手帳交付対象外の視覚障害が存在し、視覚障害者の方は世界で2.8億人*¹、日本国内においては30万人以上と推定されています*²。まくできなかったりすることが社会復帰を阻む要因となっています。国内における視覚障害者の点字識字率は約10%といわれています*³。また、視覚障害者の方が日常生活を送るうえでは周囲の助けが必要となりますが、周囲に頼ることに億劫になって消極的になりがちであることが大きな問題となってきました。
*¹: https://www.bbc.com/japanese/40810904
*²: https://barrierfree.nict.go.jp/relate/statistics/population1.html
*³: https://www.soumu.go.jp/soutsu/hokuriku/resarch/houkoku/1.1.pdf
このような課題に対して、イスラエル発のユニコーンであるOrcamは視覚支援用のウェアラブルデバイスを開発・販売しております。
1.サービス概要
OrCamは先端技術をウェアラブル機器に組み込むことで、視覚障害のある方、ディスレクシアなど読字障害のある方の生活を改善することを目指しています。OrCamの製品”OrCam MyEye”は、テキスト読み上げ機能、顔認識機能、物認識機能などを備えた音声認識デバイスで、装着者の買い物や仕事の効率化をサポートし、より自立した生活を可能にします。大きさは指一本程度で、“Hey OrCam” と呼びかけると音声認識により操作することができます。また、幾つかのジェスチャーを認識する機能もあるので、例えば装着者が指さしたものやなぞった箇所の文字を読み上げたりすることも可能です。さらに、インターネット環境を必要としないので、どこでも使用可能であり、情報漏洩のリスクが低いなどプライバシーの面でも安心です。OrCam My Eye2はTIME誌が選出する “The 100 Best Inventions of 2019”に選ばれています。2020.9時点で世界48カ国、約3万人以上のユーザーがOrCamの製品を利用しています*。2021年9月現在販売されているOrCam My Eye2に関する詳細情報は以下になります。
*https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2009/17/news028_4.html
OrCamHP OrCam My Eye2製品情報ページより https://www.orcam.com/en/myeye2/
OrCam My Eye2の製品情報↓
価格 | 498,000円 (http://www.lighthouse.or.jp/iccb/items/orcam/https://www.kgs-jpn.co.jp/index.php?QBlog-20191202-1) |
重量 | 22.5g |
大きさ | 76×21×14.9 mm |
主な機能 | 画面や紙面のテキストを読み上げる / 顔を認識して音声により人物名を伝える / 物や色を認識して位置関係などの情報を伝える / バーコードを読み取り製品情報を伝える / お金を認識して金額を伝える / 日付や時間を伝える |
対応言語数 | 25言語 (英語、スペイン語、ドイツ語、フランス語、ポルトガル語、ロシア語、アラビア語、中国語、日本語など 相談に応じて言語の追加も可能) |
電源 | 充電式(約40分の充電で連続使用1.5-2時間) |
装着方法 | メガネフレームにマグネットで装着 |
操作方法 | 音声認識もしくはジェスチャー |
AI | ○ |
使用環境 | インターネット環境不要 |
購入方法 | 正規購入は公式HPより 全国の福祉機器を取り扱う業者やメガネ店舗でも問い合わせ可 バイヤーを通じてAmazonでも購入可 |
OrCamHP OrCam My Eye2製品情報ページより https://www.orcam.com/en/myeye2/
また、同社にはOrCam My Eye2の他にも他シリーズ製品としてOrcam Reader 2があります。OrCam My Eye2との比較は以下の通りです。
・Orcam Reader 2との比較
Orcam Eye2 | Orcam reader 2 | |
価格 | 498,000円 | 248,000円 |
テキスト読み取り精度 | いかなる表面にも対応 | いかなる表面にも対応 |
自動ページ認識 | 〇 | 〇 |
多言語対応 | 〇 | 〇 |
顔認識 | 〇 | |
製品の識別 | 〇 | |
バーコード識別 | 〇 | |
色の識別 | 〇 | |
反応ジェスチャー | 指差し/停止/腕時計 | 指差し/停止 |
ワイヤレス | 〇 | 〇 |
LEDライト内蔵 | 〇 | 〇 |
タッチバー | 〇 | 〇 |
Wi-Fiによるソフトウェア自動アップデート | 〇 | 〇 |
カメラ解像度 | 1300万画素 | 1300万画素 |
寸法 | 76×21×14.9 mm | 76×21×14.9 mm |
バッテリー持続時間 | 1.5-2時間 (連続使用) | 1.5-2時間 (連続使用) |
重量 | 22.5g | 22.5g |
保証 | 2年 | 1年 |
尚、購入に際して公式HPで購入した場合は送料無料で30日間の返金保証付きです。
2.企業概要(2021年9月17日時点)
企業名 | OrCam Technologies Ltd. |
ファウンダー | Amnon Shashua, Zim Aviram |
市場価値 | 10億ドル (2018.02.20)* |
投資家リスト | Intel Capital, Clal Insurance Enterprises Holdings, Meitav Investment House |
売上 | – |
従業員数 | 300 名 |
HPリンク | https://www.orcam.com/en/ |
ミッション | AIウェアラブル機器を通して、視覚障害のある方の暮らしを向上すること |
3.創業の経緯、ファウンダーBIO
OrCamの共同設立者Amnon Shashua氏と Zim Aviram氏は共にイスラエル出身であり、現在Intelが保有しているMobileyeの共同設立者としても有名です。Mobileyeが開発した運転アシストシステムは世界中で使用されています。またShashua氏はコンピュータビジョンと機械学習が専門で、ヘブライ大学でコンピューター科学の教鞭を取っています。Shashua氏によると、コンピュータが視覚や聴覚に関して人間に近い認知機能を有する点、人とコミュニケーションを取ることができる点、また飛躍的に小型化し、持ち運びがしやすくなっている点に着目し、コンピュータが視覚に障害を持つ方のサポーターとして人の代わりになり得ると考え、視覚障害を持つ方のより自立した生活を実現するような製品開発を始めたそうです。
4.過去のラウンド概要
OrCamは4Roundで計$86.4Mを調達しています。Series Aにおける投資者のMoshe Gaon氏はイスラエルの投資家であり、OrCamがまだ国外ではそれほど注目されていなかったことが伺えます。2014年のVenture Roundでは、2018年にMobileyeを153億ドルで買収しているIntelが1500万ドルの投資をしており、Intel社が既にAmnon Shashua氏と Zim Aviram氏に注目していたことが分かります。2017年のVenture Roundでは、投資会社btov Partnersが投資を行っており、OrCam社が成長の見込みがある会社として注目されていたことが伺われます。2018年のVenture Roundでは、btov Partnersに加えイスラエルの投資信託会社など計3社が投資しています。OrCam社はこのRoundでunicornに参画しています。
ラウンド名 | 時期 | 調達額 | 参加投資家 |
Series A | Jun 2013 | – | Moshe Gaon |
Venture Round | Mar 2014 | $15M | Intel Capital |
Venture Round | April 2017 | $41M | btov Partners |
Venture Round | Feb 2018 | $30.4M | Meitav Investment House,Clal Insurance Enterprises Holdings,btov Partners |
(Charchbase.comより作成)
5.業界の動向、分析
矢野経済研究所の調査(2020年9月~2021年1月)によると、視覚補助に限らず様々な用途の製品を包含したHMD(ヘッドマウントディスプレイ)の市場規模は年々大きくなるものと予測されています。またmarketsandmarketsの2020年の動向に基づいたHMD市場動向予測(2021~2026年)によると、Sony (Japan), Google (US), Microsoft (US), Oculus (US), HTC (Taiwan), Seiko Epson (Japan), Samsung (South Korea), Lenovo (China), Magic Leap (US), Vuzix (US)などが業界の主だったプレイヤーとなる見込みです。製品カテゴリーとしてはゲームなどエンタメ類が多数を占めますが、この予測はcovid-19感染拡大の影響でゲームの需要が急増したことに基づいています。
(https://www.marketsandmarkets.com/Market-Reports/head-mounted-display-hmd-market-729.html)
HMD製品の市場規模に占める視覚補助製品の割合は現在のところ大きくありませんが、プレイヤーも少ないことからOrCamが業界を牽引していくものと見込まれます。
(https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/2683)
6.競合との差別化ポイント
競合社の中でOrCam社は最大手であり、他社を牽引しています。
会社名 | OrCam | Mad Street Den | Picterra | Chooch.AI | Opteran |
創業年 | 2010 | 2016 | 2016 | 2015 | 2020 |
本拠地 | Jerusalem, IL | Redwood City, US | Chavannes-près-Renens, CH | San Francisco, US | Sheffield, GB |
従業員数 | 297 | 257 | 20 | 37 | 18 |
資金調達額 | $86.4M | $21.2M | $3.4M | $25.8M | $3.1M |
分野 | テクノロジーAI, コンピュータビジョン, ウェアラブル | テクノロジーAI, コンピュータビジョン | テクノロジーAI, コンピュータビジョン,機械学習 | テクノロジーAI, コンピュータビジョン | テクノロジーAI, コンピュータビジョン |
(Craft.com, crunchbase.comより作成)
また、他社による視覚障害者の方に向けた製品開発も活発であり、今後の業界の発展が期待されます。
・視覚障害者の方に向けた製品一覧
商品名 | Orcam Eye2 | エンジェルアイスマートリーダー | エンビジョングラス | オトングラス | HOYA MW10 Hikari | eSight マイグラス |
価格 | 498,000円 | 198,000円 | 528,000円 | 217,800円 | 434,500円 | 1,045,000円 |
文字読み取り | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | × | × |
音声読み上げ | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | × | × |
顔・物認識 | 〇※バーコード認識あり | × | 〇 | × | × | × |
色識別 | 〇 | × | 〇 | × | × | × |
画像出力 | × | × | 〇※スマートフォン上 | × | 〇 | 〇 |
重量 | 22.5g | 約30g | 46g | 約285g | 約130g | 約195g |
バッテリー持続時間 | 1.5-2時間 (連続使用) | 約1.5時間 | 最大5時間 | 最大5時間 | 電源式 | 3時間 |
ワイヤレス | 〇 | 〇 | 〇 | × | × | 〇 |
注意事項 | ・ネットワーク環境不要 | ・ネットワーク環境不要 | ・アプリと連携(要ネットワーク環境)・通話機能あり | ・要ネットワーク環境 | ・暗所視支援眼鏡・低照度小型カメラ搭載・明度、拡大縮小操作可能 | ・要ネットワーク環境・高解像度カメラ搭載・明度、拡大縮小操作可能 |
開発 | OrCam | NextVPU(http://nextvpu.com) | extra(http://www.extra.co.jp/) | 株式会社オトングラス(https://scrapbox.io/keisukeshimakage/) | Vixion(https://vixion.jp/) | eSight(https://esighteyewear.com/) |
他社製品に比べてOrCamの製品は高額な場合もありますが、多機能性から装着者のより自立した生活を実現でき、社会進出を促進するという点を鑑みると商品価値は値段に準じていると捉えられます。また、OrCam社は国内においても自治体や企業を招いて支援を呼びかけるなど、低価格化の達成に向けた活動もしています。(参照 https://logmi.jp/business/articles/320663)
7.考察
近年様々な分野でAIの活用が進んでいますが、視覚障害者に向けた商品で広く普及しているものは数少なく、OrCam社の製品は先進的であると言えます。また、OrCam社の特徴として装着者のより自立した生活をサポートすることに焦点を当てていることが挙げられますが、これは視覚障害者の方の切実な悩みに応えた製品開発を進める着眼点を備えていると評価できます。さらに、創設者であるAmnon Shashua氏と Zim Aviram氏のもう一つの共同設立会社Mobileyeの製品が世界に広く流通し事業が成功している事例より、OrCam社の製品が今後世界中でより普及することが期待されます。イスラエル国内ではOrCam My Eye2が選挙で導入され事例*もあり、OrCam社の製品の様々な場面での活用が見込まれます。また、世界中で多様性に対応した社会づくりが求められている中でOrCam社のミッションは時流を捉えたものであり、日本国内においても先日開催されたパラリンオリンピックなどの影響もあり障害者の方々への注目が高まっています。OrCam社はそのような社会のニーズに対応した製品を率先して開発する存在として、今後ますます成長すると見込まれます。
* https://www.timesofisrael.com/israels-orcam-to-help-blind-people-cast-vote-independently/