インドでは、人口の4割強が農業に従事しているにもかかわらず、農業部門がGDPに占める割合は18%程度にとどまっています。
こうした生産性ギャップの背景には、小規模農家が正規金融にアクセスしづらいという問題があります。CPIによれば、世界の小規模農家が必要とする資金需要は年間2,400億ドル規模に昇るそうですが、その多くが満たされていません。農家によっては高金利の闇金融や非公式の掛売りに頼らざるを得ず、さらに困窮することになってしまいます。
この農村部の金融問題に取り組んでいるのが、インド発のフィンテック企業 「Jai Kisan」 です。10分以内に与信を完了できる即時ローン、データを活かした信用スコアリング、バリューチェーンをまたぐ融資モデルを武器に、農家の「資金調達コストと手間」を劇的に下げつつ、インド11州で80万戸超の農家と10万を超える農村ビジネスをすでに支援しています。
今回は、このJai Kisanについてご紹介していきます。
1. 概要|Jai Kisanとは
Jai Kisan(ジャイ・キサン)は、2017年にArjun AhluwaliaとAdriel Maniegoによって創業された、インド・ムンバイ拠点の農村向けフィンテック企業です。
農業・農村部に特化したデジタル金融プラットフォームを提供し、農村地域の個人やビジネスがクイックな金融サービスにアクセスできるよう支援しています。
同社は、都市部と農村部で金融サービスへのアクセス格差が大きい現状に着目し、そのギャップを埋めることを目的に設立されました。例えば都市部ではスマホ一つでローンを組めるのに、農村部の農家は種や肥料の購入資金さえ借りにくい状況にあり、Jai Kisanはこうした金融包摂の課題解決に挑んでいます。
農村の農業従事者を「顧客」ではなく一種の「事業者」と捉え、収益に直結する用途への融資を通じて農家の生産性向上と地域経済の発展を目指す点が特徴です。
2. 企業概要|Varaha
法人名 | Greenizon Agritech Consultancy Pvt. Ltd. |
ファウンダー | Arjun AhluwaliaAdriel Maniego |
HPリンク | https://www.jai-kisan.com/ |
設立年度 | 2017年 |
資本金 | – |
売上 | |
本社所在地 | Mumbai, India |
従業員数 | 150名以上(2025年時点) |
ミッション | 農家・小規模事業者の生計向上(9億人以上の農村人口への貢献)を目指す。 |
3. 創業の経緯、ファウンダーBIO|Jai Kisan
共同創業者でCEOのArjun AhluwaliaとCOOのAdriel Maniegoは、ともにテキサスA&M大学出身で、創業前はグローバルな金融業界で経験を積んでいました。Ahluwaliaはベンチャーキャピタルやプライベートエクイティ分野でパロアルトやドバイ、メキシコシティなど世界の金融ハブでキャリアを積んだ人物で、Maniegoも投資・事業構築の知見を持っています。
彼らは米国での高給職を辞してインドの農村部に身を置き、農業現場の課題を直視した上で2017年にJai Kisanを立ち上げました。創業の動機は、都市と農村の間にある大きな金融アクセス格差への衝撃でした。都会では数回スマホを操作するだけで電子機器のローンが組める一方、農村の農家は種や肥料など営農に欠かせない資材の購入資金ですら調達が困難だったのです。こうした現状を目の当たりにし、「金融サービスへのアクセスが発展途上にある農村こそ次世代の大きなチャンスであり、自分たちがそのギャップを埋める存在になろう」と考えたといいます。
二人は「Bharat(インドの農村・大衆層)」と「India(都市・富裕層)」の架け橋となることを目指し、農村部での金融サービス革新に挑戦しています。
4.過去のラウンド概要
Jai Kisanは創業以来複数回の資金調達を行っており、2025年までの累計調達額は約8,000万~9,000万ドル規模に達しています。
Announced Date | Transaction Name | Number of Investors | Money Raised | Lead Investors |
---|---|---|---|---|
Apr 4, 2025 | Series B – Jai Kisan | 3 | ₹265M | — |
Jan 1, 2023 | Venture Round – Jai Kisan | 2 | $3M | — |
Jul 28, 2022 | Series B – Jai Kisan | 9 | ₹3.9B | Blume Ventures, Yara Growth Ventures |
Jul 28, 2022 | Debt Financing – Jai Kisan | 3 | — | — |
Dec 16, 2021 | Debt Financing – Jai Kisan | 1 | $2M | — |
Oct 30, 2021 | Debt Financing – Jai Kisan | 1 | $6M | — |
May 30, 2021 | Series A – Jai Kisan | 10 | $30M | Mirae Asset Venture Investment |
May 30, 2021 | Debt Financing – Jai Kisan | 3 | ₹250M | — |
Jun 16, 2020 | Seed Round – Jai Kisan | 10 | $3.9M | Arkam Ventures |
Aug 3, 2019 | Debt Financing – Jai Kisan | 1 | $3.4M | — |
事業内容|Jai Kisan
Jai Kisanの事業内容について解説いたします。
①農村向け金融
Jai Kisanは農村部の個人農家から中小企業まで、幅広い顧客層に合わせた金融サービスを提供しています。主力はローン(融資)サービスで、具体的には農機具や酪農設備など収益性の高い農業資産の購入資金融資、種子・肥料といった農業インプットのための立替払い(Buy Now Pay Later型サービス)、農作業に必要な運転資金ローン、さらには農産物の流通・加工業者向けのサプライチェーンファイナンス(売掛金の資金化や在庫調達資金)まで多岐にわたります。
例えば農機ディーラーや農協の販売店で農家がトラクターや肥料を購入する際、その場で分割払いローンを即時に利用できる 「即時クレジット」サービス を展開しており、「銀行の列に並ぶ必要も担保も不要、10分で融資承認」を謳っています。農家向けのモバイルアプリ「Jai Kisan Farmer」を通じてオンラインでローン申請から管理まで完結できるほか、オフライン環境にいる農家にも現地パートナーを介して融資を届けています。
② ネットワーク提携
Jai Kisanのビジネスモデルは、農業バリューチェーン上の様々なプレイヤーと連携するB2B2C型プラットフォームです。農家に直接サービスを届けるために、農業資材の販売店や農機ディーラー、農産物の集荷業者や食品加工企業などと提携し、これらのパートナーがJai Kisanの融資商品を自社顧客(農家)に紹介・斡旋する仕組みを構築しています。具体的には、提携先の店舗にタブレット端末やPCを設置し、農家が来店時にその場でJai Kisanのローン申請・契約をデジタル完結できるようにしています。これにより、従来は販売店自身が抱えていた与信コストや貸倒リスクをJai Kisan側で引き受け、販売店は融資斡旋による販売拡大メリットを得られるため協力関係が進みます。
またJai Kisanは創業初期より大手銀行3行、ノンバンク金融会社(NBFC)5社(その中にはマイクロ金融のAvanti Financeも含む)と資金調達面で提携し、農村顧客への融資原資を確保してきました。こうした金融機関との協調により、最も有利な条件で資金を調達して農家への金利を下げる努力も行っています。2024年には自社でノンバンク(NBFC)子会社を取得し、銀行とのコ・レンディング(協調融資)や独自貸付も実施できる体制を整えました。
③ 農家・農村ビジネスへの支援
Jai Kisanは単に融資を行うだけでなく、農村のエコシステム内で販売促進と融資を結び付けた包括的モデルを構築しています。農家にとっては購入先の店舗で即時にローンが組める利便性と、従来より低い金利で資金を借りられるメリットがあり、必要なタイミングで適切な投資(機械導入や良質な資材購入)が可能になります。販売店・業者にとっても、自前で農家に与信する場合に比べ貸倒リスクを負わずに済み、Jai Kisan経由で融資を受けた農家からすぐに代金回収できるため売上機会の拡大につながります。
また最終的な貸手である銀行・NBFCにとっても、Jai Kisanがローンのオリジネーション(審査・貸付執行)と返済管理を肩代わりしてくれるため、小口で分散した農家への融資でも十分な採算性が見込めます。このようにJai Kisanは農村の生産・流通の現場と都市部の金融機関をテクノロジーで繋ぎ、資金の流れをボトルネックから解放するハブ的な役割を果たしています。
5.競合との差別化ポイント
Jai Kisan の強みは、一言でいえば “農村の最末端から最速のデジタル金融ハブ” を実現している所にあります。インドには他にも多くの金融サービスが農村部向けに展開をしていますが、その多くが生産者組合(FPO)や協同組織など法人セグメントを主要窓口としています。対し、Jai Kisanは小規模農家や村の小売商店と直接取引し、その場で10分以内に融資可否が下りるクイックな金融を提供しています。
このスピードとリーチを支えるのが、販売店・農機ディーラー・農産物流通業者を巻き込んだ B2B2C 型ネットワーク と、収穫量・気象・取引履歴などのデータを掛け合わせた信用スコアリングです。自社でNBFCを擁してもいるので、銀行や他NBFCとの協調融資と自前での融資を自在に組み合わせ、超小口〜中規模まで幅広い資金需要に一発回答できる点も強みです。
結果として、農家は闇金融に頼らず安全に、かつ様々なシーンに合わせて設備・資材投資を行うことができる。これがJai Kisanの独自性と言えます。迅速な与信と他金融機関と連携した高い資産健全性を両立させている同社は、インド農村フィンテックの中でもスケーラブルかつ持続的なモデルを体現する存在と言えるでしょう。