世界的な人口増加がもたらす課題の一つが、農業の持続可能性と温室効果ガスの排出問題です。農業は人類の生存に不可欠である一方、温室効果ガス排出源としても大きな割合を占めており、国連によれば全排出量の約20%が農業由来とされています。温室効果ガスの効果については様々な議論を呼んでいますが、削減するに越したことはないでしょう。
このような背景の中、温室効果ガスの削減と農業の発展を同時に実現する仕組みとして注目されているのが「農地由来のカーボンクレジット」です。
これは、前回ご紹介したGrow Indigoでも取り組まれていました。
これは、温室効果ガスの排出削減や吸収量を数値化し、取引可能な証書として販売する制度であり、特に再生型農業や土壌炭素貯留などによってCO₂の固定を行う農業分野において、その実用化が進んでいます。
今回は、カーボンクレジット事業を進めるインド発のスタートアップVarahaについてご紹介いたします。
1. 概要|Varahaとは
Varahaは、インドを拠点に展開する気候テクノロジー企業で、2022年に設立されました。農地・牧草地・森林を対象とした再生型の土地利用を促進し、そこで発生したカーボンクレジットを国際基準に基づき検証・販売するプラットフォームを提供しています。
同社の強みは、リモートセンシング(衛星データ)と機械学習を組み合わせた高精度なMRV(計測・報告・検証)技術にあります。これにより、農地の炭素貯留量を遠隔かつ正確にモニタリングし、国際市場で信頼性の高いカーボンクレジットの発行が可能となっています。
Varahaのクレジットは、Verraなどの国際認証を取得しており、GoogleやPatchなどの欧米企業に対しても販売されています。
2. 企業概要|Varaha
法人名 | Varaha ClimateAG Private Limited |
ファウンダー | Madhur JainAnkita GargVishal Kuchanur |
HPリンク | https://www.varaha.earth/ |
設立年度 | 2022年 |
資本金 | – |
売上 | – |
本社所在地 | Delhi, India |
従業員数 | – |
ミッション | 小規模農家に力を与え、二酸化炭素を減らす。 |
3. 創業の経緯、ファウンダーBIO|Varaha
Varahaは、インドの農業が直面する生産性の低さと気候変動への脆弱性という二重の課題に着目し設立されました。
CEOのMadhur Jainは元マッキンゼーのコンサルタントで、気候ファイナンスの知見をもとに、炭素市場を活用して小規模農家にも経済的インセンティブを届ける方法を模索してきました。
Madhurは2022年、農村部でのプロジェクトを推進し持続可能な農業モデルに取り組む専門家Ankita Garg、スタートアップで経験を積んだのち、アグリテックへの参入を志したAIエンジニアVishal KuchanurとともにVarahaを創業。カーボンクレジットのビジネスモデルを打ち出し、農業の収益性と気候リスク緩和の両立を可能とするプラットフォームの構築を目指しています。
4.過去のラウンド概要
Varahaは現在シリーズAで、1,270万ドルを調達しました。
ラウンド名 | 時期 | 調達額 | 参加投資家 |
Series A | Jan 11, 2024 | $8.7M | RTP Global, Omnivore 等 |
Seed | May 04, 2022 | $4M | Orios Venture Partners, Omnivore等 |
事業内容|Varaha
Varahaは、以下の事業を持ちます。
①カーボンクレジットの取引
再生型農業、アグロフォレストリー、バイオ炭、植林など多様な自然ベースの農業活動・自然活動、つまり「二酸化炭素を減らすような活動」をすることで、VerraやPuro.Earthなどの国際認証を取得したクレジットを生成し、GoogleやKlimateなどの企業に販売します。Varahaはその販売手数料を主な収益源としています。https://www.pv-magazine-india.com/press-releases/varaha-sells-over-60000-tonnes-of-carbon-credits-to-klimate-across-multiple-carbon-projects
②MRV(計測・報告・検証)技術の提供
衛星画像・AI・農家のスマホ入力などを組み合わせた独自のMRVプラットフォームにより、炭素除去量の正確な測定を実現。信頼性の高いカーボンクレジットを実現しています。https://changestarted.com/indias-varaha-partners-with-google-to-sell-biochar-carbon-credits
③農家との収益共有モデル
カーボンクレジット販売によって得られた利益の一部を農家に還元。年間1haあたり約20〜30ドルの収益をもたらし、持続可能な農業を支援する経済的インセンティブを提供しています。https://carbonherald.com/varaha-teams-up-with-puro-earth-to-launch-indias-first-carbon-credits-from-industrial-biochar
④企業向け脱炭素支援サービス
企業のScope3削減目標に応じて適切なクレジットを提供し、必要に応じてプロジェクト開発・気候影響レポートの提供・データ分析APIの提供なども実施しています。https://www.intellinews.com/google-enters-india-s-carbon-removal-market-with-biochar-deal-with-varaha-362004
5.競合との差別化ポイント
前回ご紹介したGrow Indigoも、カーボンクレジット(炭素プログラム)を展開している企業の一つです。他にもEKI Energy Servicesなど、インドを主戦場としたカーボンクレジットの企業はいくつかあります。
それら企業と比較したVarahaの優位性の一つは、AI × 衛星 × アプリで、容易に農地の二酸化炭素貯留量を測定できるMRV技術にあるでしょう。衛星データを基にした高精度の測定によって、カーボンクレジットの裏付けがされています。
クレジットはグローバル認証も取得しているので、販売先はインドにとどまらず国際市場にも伸びています。(Grow Indigoは販売実績の多くがインド国内向け)
また、小規模農家向けに最適化されたモデルであることも注目すべき点です。農地を持っている人であれば1ヘクタール単位でこのプログラムに参加でき、収益を得ることができます。インドの農村経済との連動性が非常に高く、農家がより参加しやすい設計となっています。
6.筆者コメント
ここまで”Varaha”について、概要を交えながらまとめてきました。
カーボンクレジットの取り組みは、今や世界各地で実施されていますが、農家に着目し、農業慣行の改善を通じて二酸化炭素を削減し、カーボンクレジットを創出するというアプローチは新しく、加えてインド農村部の貧困問題も同時に解決し得る、非常に効果的なソリューションであると筆者は考えます。
従来のカーボンクレジットは企業間取引が主流でしたが、Varahaのような取り組みが広がれば、広大な農地を活用して工業的な温室効果ガス排出を代替することが可能となり、農家も新たな収入源を得られるという好循環が生まれるでしょう。農家の貧困が少しでも緩和されれば、それは食糧問題の改善にもつながります。
農家と連携して地球環境の改善を目指す同社の取り組みに、今後も注目していきたいと思います。