BatX Energiesは、「ゼロ・ウェイスト・ゼロ・エミッション」などの革新的な技術を活用し、MGモーターとの提携を通じて、インドのEV(電気自動車)革命を推進しています。また、リライアンスやインド3大財閥の一つであるタタ・グループといった産業大手企業にもサービスを提供しており、その影響力は急速に拡大しています。
同社は、先進的な製造プロセスと戦略的な取り組みを通じて、業界の課題を乗り越え、バッテリーリサイクル分野において不動のリーダーシップを確立しています。こうした取り組みは、EVセクターのクリーンでグリーンな未来を支えるものであり、今後さらに注目されるべき企業です。
そこで今回は、インドのEV企業「BatX Energies」についてご紹介いたします。
1.サービス概要
2020年に設立されたBatX Energiesは、リチウムイオンバッテリーのリサイクルを通じて、持続可能なエネルギーソリューションを提供するインドのスタートアップ企業です。同社の主なサービスは、使用済みバッテリーからリチウム、コバルト、ニッケルなどのレアアースを回収し、電気自動車(EV)やエネルギー貯蔵産業向けにバッテリーグレードの材料を供給することです。さらに、BATX Energiesは、リチウム市場の最新情報をリアルタイムで提供するプラットフォームを運営しており、投資家や製造業者が戦略的な意思決定を行うための情報を提供しています。
同社のプラットフォームでは、リチウム市場の価格変動や業界動向に関するカスタマイズされたインサイト、戦略的投資ガイダンスが得られます。また、業界の専門家とのネットワーキング機能もあり、ユーザーはリチウム市場に関する最新情報を共有し、議論することができます。
また、これらの使用済みリチウムイオン電池を再利用し、オフグリッド(電力網に依存しない)ソーラーEVチャージャーやインバーターなどのバッテリーとして再生しています。
リサイクル技術を活用することで、限られた資源を効率的に利用し、産業廃棄物の削減に貢献しています。
同社の取り組みは、インド国内のみならず、グローバルな課題である資源循環型社会の実現にも寄与しており、注目すべき企業です。
高品質なリサイクル製品
BatX Energiesは、独自の「ネットゼロ・ウェイスト」および「ゼロ・エミッション」プロセスを駆使し、使用済みリチウムイオンバッテリーから以下の高品質製品を抽出しています。
ブラックマス
BatXがリサイクルしたブラックマスには、リチウム、コバルト、ニッケル、マンガンに加え、グラファイトも含まれており、不純物は1%未満です。このブラックマスは、インド国内外のレアアース関連企業から高く評価されています。
リチウム(Li)
同社が抽出した高品質な微粉リチウムカーボネートは、バッテリーセルの製造だけでなく、ガラスやセラミックスの製造にも適しています。
コバルト(Co)
BatXの高純度コバルト硫酸塩は、寿命を迎えたリチウムイオンバッテリーから抽出されており、リチウムイオン電池およびリチウムポリマーバッテリーセルの正極材料の生産に最適です。
ニッケル(Ni)
同社がリサイクルした高純度ニッケル硫酸塩は、リチウムイオンおよびリチウムポリマーバッテリーの製造に理想的な材料です。
マンガン(Mn)
BatX Energiesの高品質マンガンカーボネートは、リチウムイオンバッテリーセルの製造はもちろん、多くの化学用途にも利用可能です。
2. 企業概要(2024年8月時点)
法人名 | BatX Energies |
ファウンダー | Vikrant Singh, Utkarsh Singh |
HPリンク | https://batxenergies.com/ |
設立年度 | 2020年 |
資本金 | – |
収益 | $₹21.9Cr ($2.73M) (2023年年間収益)https://tracxn.com/d/companies/batx/__A8_RcDFCcGvc_jp6wlkqcBV2xk5-oCbYoKIQqQyegIo |
本社所在地 | Enkay Tower, Udyog Vihar Phase V, Gurugram |
従業員数 | 約50人(2023年末時点) |
主要投資家一覧 | Zephyr Peacock India, JITO Angel Network |
ミッション | バッテリー廃棄物の処理方法に革命を起こし、よりクリーンな環境と持続可能な未来を実現する |
3.創業の経緯、ファウンダーBIO
BatX Energiesのストーリーは、共同創業者であるウットカルシュ・シン氏とヴィクランド・シン氏が、ハリヤーナ州のBMLムンジャル大学(BMU)の学生だった2017年に始まります。
当時、彼らはBaja SAE Indiaが主催するエンジニアリングコンペティションに参加するため、電動レーシングカーを開発していました。このコンペティションは、インド国内の大学生が車両を設計・開発し、ブッダ国際サーキットのようなレーストラックで競い合うプログラムで、若手エンジニアにとって非常に貴重な経験となるものです。
電動レーシングカーの開発において、リチウムイオン(Li-ion)バッテリーの導入が不可欠でした。しかし、2017年当時、インド国内でこうしたバッテリーを大規模に製造している企業はなく、バッテリーを見つけることは容易ではありませんでした。最終的に、彼らはパンジャーブ州のルディアナにある輸入バッテリーを販売する企業を見つけ、その企業からバッテリーを提供してもらう約束を取り付けましたが、6か月以上の遅延が続き、結局コンペティションには参加できませんでした。
この経験に強いフラストレーションを感じた二人は、「なぜインドではリチウムイオンバッテリーが製造されていないのか」という疑問を抱き、その答えを探り始めました。リチウムやコバルト、ニッケルといった原材料がインドでは入手困難であること、そして当時の電気自動車(EV)市場がまだ未成熟であり、OEM(オリジナル・エクイップメント・メーカー)が必要な材料を全て輸入に頼っていたことが主な原因でした。
彼らは大学の研究プロジェクトの一環として、キャンパス内に設置された20億ルピー(約30億円)規模のR&Dラボでリチウムイオンセルの製造に挑戦することを決意しました。中国からリチウムやコバルトを取り寄せようとしましたが、さまざまな理由で材料が到着せず、市場から古いリチウムイオンセルを購入し、そこから得られる不純物の多い材料を使ってセルを作り出しました。
彼らはこの過程で、「インド国内で必要な材料を得るためには、古いリチウムイオンバッテリーをリサイクルする必要がある」という結論に至りました。彼らは、近い将来、インドに大量のリチウムイオンバッテリーが流入することを予測し、それをリサイクルすることで、セルの製造に再利用できると考えたのです。リチウムのような金属は無限にリサイクルが可能であり、これがBatX Energies設立のアイデアの原点となりました。彼らはその後の学期を使い、リチウムイオンバッテリーを大規模にリサイクルするための研究に没頭していきました。
大学卒業後のそれぞれの道
大学卒業後、ヴィクランド・シン氏とウットカルシュ・シン氏は、起業前にまずは企業運営の基礎を学ぶことを決意しました。ヴィクランド氏は研究開発(R&D)に従事し、ウットカルシュ氏は経営の側面を担当するなど、それぞれ異なる企業で1年以上働きました。
そして、2020年7月、パンデミックの最中に再び二人は手を組み、BatX Energiesを設立。今日では、同社はリチウムイオンバッテリーリサイクルの主要スタートアップ企業として、バッテリーグレードの材料を製造しています。
BatX Energiesの主要な目標の一つは、リチウム、ニッケル、コバルトといった材料の国内循環型サプライチェーンを構築し、これらの材料の新規採掘の必要性を軽減することです。使用済みリチウムイオンセルからリチウム、コバルト、ニッケル、マンガンといったレアアース(金属)を抽出し、それらは電気自動車(EV)、製薬、電気めっき、肥料などの様々な産業に販売されています。また、使用済みセルにまだ残存電力がある場合には、それらをオフグリッドソーラーEVチャージャーやインバーターなどのバッテリーとして再利用しています。
同社は、様々なバッテリーをリサイクルするために、専門的な技術と先進的な水溶液処理プロセスを活用した革新的な手法を開発しました。インドにおける持続可能なバッテリーソリューションの主要供給者として、同社は「ゼロ・ウェイスト・ゼロ・エミッション技術」の特許も取得しており、これまでに約2億2千万個のバッテリーをリサイクルすることに成功しています。
4.過去のラウンド概要
ラウンド名 | 時期 | 調達額 | リード投資家 |
Seed Round – BatX Energies | Jun 23, 2022 | ₹130M | Zephyr Peacock India |
Seed Round – BatX Energies | Dec 19, 2023 | $5M | JITO Angel Network |
5.業界の動向、分析
リチウム市場は、電動化が進む中で急速に拡大しています。
特に電気自動車(EV)や再生可能エネルギーの貯蔵、消費者向け電子機器に使用されるバッテリー需要が増加しており、リチウムはその中心的な素材となっています。この市場は、世界的な需要の増加や地政学的な影響を受けやすく、価格変動が激しい特徴があります。そのため、BATX Energiesのようなリアルタイムデータ提供や市場分析サービスは、リチウム市場の理解を深め、適切な戦略を構築するために重要な役割を果たしています。
リチウム市場は今後も成長が予測されており、電動モビリティの普及に伴い、バッテリー材料の需要は高まり続ける見通しです。加えて、地政学的リスクや供給不安が存在する中、リサイクル技術を活用した資源の確保は、環境面だけでなく経済面においても持続可能な選択肢となるでしょう。
Fitch Solutionsの予測によると、2021年から2026年にかけて世界のEV販売はほぼ3倍に増加するとされています。2021年に世界のEV販売の約半分を占めた中国は、2026年までにその販売数を3倍にすると予測されています。また、ドイツでも同期間中にEV販売が倍増すると予想されています。これに伴い、再生可能エネルギー分野からのリチウム需要も増加する見込みです。(参考)
また、Fitch Solutionsによると、2026年までにオーストラリアが引き続きリチウムの最大生産国となるものの、その世界生産シェアは減少する見込みです。今後5年間で、チリと中国が生産量を増加させると予測されています。アメリカも生産量を10倍以上に増加させるとされていますが、2026年には世界生産の10%未満にとどまる見込みです。一方で、中国は世界のリチウム処理能力の80%を占める主要なプレーヤーとなっています。(参考)
2022年時点で、チリは世界のリチウム埋蔵量の41%を占めており、アルゼンチンとオーストラリアもそれぞれ25%と10%を保持しています。これらの国々は、今後もリチウム市場で重要な役割を果たすことが予測されています(参考)
一方で、リチウム価格の急激な変動と供給過剰という新たな課題も考慮する必要があります。
2022年、リチウム価格は供給不足により大幅に上昇しましたが、2023年には中国を中心としたリチウムカーボネートの価格が急落し、再び供給過剰の兆しが見られています。シティ銀行の報告によると、過剰生産と電気自動車販売の低迷が価格下落の主な要因です。リチウムの価格は一時トン当たり8万2000ドルに達しましたが、2023年初めには1万3000ドルまで急落しました。その後、若干の回復を見せたものの、再び1万2000ドルまで下落しています。
以下に、バッテリーリサイクル市場に取り組んでいるかを包括的に比較した表を作成しました。
BatX Energies | Lohum | Relitia | Blue Whale Materials | Li-Cycle | |
設立年 | 2020年 | 2018年 | 2020年 | 2018年 | 2016年 |
拠点 | インド(グルグラム) | インド(グレーターノイダ) | チリ(バルパライソ) | アメリカ(ワシントンD.C.) | カナダ(トロント |
事業内容 | リチウムイオンバッテリーのリサイクル、バッテリー素材の製造 | リチウムイオンバッテリーのリサイクル、サステナブルバッテリー素材の製造 | リチウムイオンバッテリーのリサイクル、廃棄物管理 | バッテリーリサイクル、重要材料の回収(コバルト、ニッケル、リチウム) | リチウムイオンバッテリーの資源回収、供給チェーンへの再導入 |
主な顧客業界 | 電気自動車産業、持続可能なエネルギー | 電気自動車産業、再生可能エネルギーのストレージソリューション | 持続可能なバッテリー生産、資源リサイクル産業 | スマートフォン、電気自動車、エレクトリックストレージ技術 | 電気自動車産業、バッテリーメーカー |
主なサービス | 使用済みリチウムイオンバッテリーのリサイクル、バッテリーグレード材料の製造 | バッテリー素材の回収、セカンドライフバッテリーアプリケーション、低炭素精製プロセス | リチウム、ニッケル、マンガン、コバルト、グラファイトなどの貴重材料の回収 | リサイクルリチウムイオンバッテリーからの材料回収と供給 | 特許技術「Spoke & Hub」を使用したリチウムイオンバッテリーの回収・再導入 |
リーダーシップ | ウットカルシュ・シン(創業者、CEO) | ジャスティン・レモン(創業者) | 公開されていない | デビッド・フォーヴル(創業者) | 公開されていない |
調達ステージ | シード | シリーズB – II | シードVC | プライベートエクイティ | Corporate Minority – P2P – IV |
総資金調達額 | 660万ドル | 4442万ドル | 3万ドル | 8000万ドル | 2.1億ドル |
主な投資家 | ITO Incubation and Innovation Foundation, Zephyr Peacock India | Baring Private Equity Partners, Singularity Capital | SQM Lithium Ventures | Ara Partners | Glencore, LG Chem |
6.筆者の見解
ここまで、インドのスタートアップ企業 “BatX Energies” について、サービス概要を交えながらまとめてきました。調査をした上での筆者の見解は以下となります。
電動モビリティや再生可能エネルギーの普及に伴って成長が期待される一方で、短期的には価格変動がしばらく続く
リチウムは、電気自動車や再生可能エネルギー貯蔵の需要拡大を背景に、グリーンエコノミーへの移行を支える重要な資源です。しかし、リチウム価格の急激な変動と供給過剰という新たな課題も浮き彫りにしています。
リチウム市場は今後も電動モビリティや再生可能エネルギーの普及に伴って成長が期待される一方で、短期的には価格変動が続くと予測されています。
EV市場では、インフレや高金利、充電インフラの不足が需要を抑制しており、これがリチウム需給バランスに影響を与えています。こうした状況下で、リサイクルによる持続可能なリチウム供給を実現するBatX Energiesのような企業が、長期的な市場安定化に貢献すると考えられます。
さらに、中国が世界のリチウム処理能力の80%を占めていることから、地政学的リスクも考慮する必要があります。市場の需要と供給が不安定である中、BatX Energiesのようなリサイクル企業が提供するリチウム供給は、持続可能な解決策として注目されるでしょう。
結論として、リチウム市場の不確実性が高まる中、リアルタイムデータと戦略的インサイトを提供するBatX Energiesのサービスは、投資家や産業界にとって価値のある支援を提供し続けることが期待されます。